O.R.メリング著、井辻朱美訳『ドルイドの歌』(1997年、講談社)


カナダに住むローズマリーとジミーの姉弟は、アイルランドに住む親戚のもとで夏を過ごすことになりました。ふたりは、その農場で働く、他人と関わろうとしないピーターという名の男が気になります。ピーターが夜中にどこかに行くことを知ったふたりは、ある夜、彼の後を追って湖のほとりに行きます。ピーターは奇妙な歌を歌っていました。恐ろしい思いをしたふたりは、疲れきってその場で眠ってしまいます。目覚めたふたりは、古代アイルランドで繰り広げられた、コノハトとアルスター両王国の「クーリーの牛捕り」の戦いのさなかにいました。ローズマリーとコノハトの王子との恋や、ジミーとアルスターの戦士との友情もはらむ大きな冒険を、ふたりは孤独なドルイド、ピーターの助けを得て進みます。


『歌う石』に比べると、現代に暮らす人間が異世界に行くという要素が強く感じられます。彼らが古代のアイルランドに行きっぱなしになるのではないことと、彼らをその世界に連れて行った張本人であるピーターも、ふたりとともに成長し、変化していくことが面白く感じられました。人によっては、激しい戦闘の描写や理解しがたい彼らの考え方に共感できないかもしれません。でも、現代の価値判断をこの時代に持ち込んだら、そちらのほうが奇妙だと思います。作者が当時の人々をありのままに描いた(と思います)ことで、物語がいっそう鮮やかになっていると思います。これは考えすぎかもしれませんが、別にメリングは戦争のむなしさがどうの、ということを書こうとは思っていないのではないでしょうか。


まだ2作品しか読んでいませんが、メリングの作品で基調となるものが十分感じられました。わくわくする部分は『歌う石』以上の勢いを感じましたが、結末の哲学的な雰囲気は難しくて、『歌う石』のほうがストレートで分かりやすかったです。


O.R.メリング著、井辻朱美訳『歌う石』(1995年、講談社)


少女ケイは、孤児として施設や里親のもとで育てられ、現在は一人で暮らしています。他人の過去や感情が映像として見える能力を持つ彼女は、自分が何者なのか知りたいと考えていました。ある日突然送られてきた、アイルランドに関する古い書物を読んだ彼女は、自分のルーツを求めてアイルランドへの旅に出かけます。不思議な力に導かれて古代アイルランドにやって来たケイは、アエーンという謎の少女と、トゥアハ・デ・ダナーン族の宝物を求める冒険を始めることになりました。


とてもスケールが大きく幻想的な物語です。モチーフとして使われていますが、まさにさまざまな人や場所、時間が織り込まれた織物のように豪華です。そしてケイが一体何者であるかが明らかになるのですが、これにも「あっ」と驚くような仕掛けがなされていました。古代アイルランドの歴史や伝説に非常に造詣が深いのは確かですが、主人公の幻視(ヴィジョン)を見る能力や登場人物の恋愛感情が、もっと深く書かれていれば、もっと面白く感じられたと思いました。もちろん『歌う石』は優れた物語だとは思います。でも、この点が唐突というか他に比べて浅い感じがしました。これで文体がもっと軽いものだったら、私が中学・高校時代に読んでいたティーンズ向け小説のような感じかもしれない、という印象を受けました。


ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著・野口絵美訳『大魔法使いクレストマンシー トニーノの歌う魔法』(2002年、徳間書店)


イタリアの小国カプローナでは、魔法の呪文作りで名高いペトロッキ家とモンターナ家が反目しあっていました。両家の魔法の力がなぜか弱まり、他国から侵略されるのではないかという危機が訪れます。この状態を打開するのに必要なのは、〈天使の歌〉を正しい歌詞で歌うことでした。しかし両家の大人たちは互いを責めあい、イギリスからやってきたクレストマンシーの「危機は邪悪な大魔法使いのせいだ」という忠告に耳を貸そうとしません。しかも、両家の子どもが一人ずつ、「呼び出しの魔法」で行方不明になってしまいます。両家が互いを非難しあう中、2人の子どもが行方不明になった自分たちの弟妹の行方を探そうとします。彼らは無事発見され、カプローナは危機から脱することができるのでしょうか?


登場人物が多くて、しかもけんかばっかり(ごちゃごちゃしている)で、今まで読んだクレストマンシーシリーズ中で一番混乱しました。「これはどっちの家の人だっけ?」と首をひねりながら読んでいました。次から次へと事件が起こるスピーディーな展開は、やはり退屈させません。私は最初から「この人あやしい」と思っていた予想が当たったのですが、それ以外はやはり予想がつきませんでした。個人的に好きなのは、劇中劇というか、『パンチ・アンド・ジュディ』の場面です。天使に守られるというイメージも美しく、一度だけ旅行で行ったトスカーナの緑豊かな風景を思い出しました。


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