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経沢香保子『自分の会社をつくるということ』(ダイヤモンド社、2005年)

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会社を作ろうとは今のところ考えていません。ですが、フリーランスや自営業でも、経営者的な視点は必要だと思っています。いつかこういう本を読んでみようと思っていました。これはちょうどよい機会ということで、買って読んでみました。


以前にライフスタイルについての本(『朝2時起きで、なんでもできる!』や『キッパリ!』)を読んだときにも思ったのですが、基本的にこういう本は、誰の本を読んでも同じ、とまでは言わないのですが、突拍子もないことを言っている人はいません。だいたい言っていることの基本は同じです。ただ、基本的に同じことをどう表現するか、そして、(これが結構大事だと思うのですが)その本の著者の意見を聞こうという気になれるか、の問題だと思います。


経営者の話を聞く機会があるのですが、そのときに聞く意見と、今回読んだ本で経沢さんが書かれている意見は、やはり根っことなる部分は重なっているなと思いました。だからと言って、「買わなくてもよかったな」などとは思いません。


同い年で知人でもある(友人、というほど親交が深いわけでもないので……)経沢さんの話を読むのは、とても参考になるし、刺激にも励みにもなります。私は本に書かれているとおりに動ける状態でもないので、彼女が書いていることから、自分ができると思うことを見つけ出し、改良できるところは改良しなければ……と思います。


会社を立ち上げる前、立ち上げてからのことなど、とても丁寧に書かれています。同じ経験をしたことがある話では、「うんうん、そうなのよねえ」と賛同したり、自分の知らない世界の話では(人事など)、「そんなもんなのかあ」と思ったり。


この本に書かれていることをどう活かすかは、これからじっくり考えなければなりませんが、とても参考になりました。


O.R.メリング著、井辻朱美訳『光をはこぶ娘』(2002年、講談社)


11歳の少女ダーナは、アイルランド系カナダ人の父親とふたりで、アイルランドに暮らしていました。母親はダーナが3歳のときに行方不明になっています。父親がカナダで職を得たので、ダーナも一緒にアイルランドを離れ、カナダに移り住むことになりました。ですが、父親が彼女に何も言ってくれなかったこと、友人たちやアイルランドと別れなければならないことを、ダーナは不満に思います。父親は関係修復のために、ダーナを環境保護活動家たちがいる〈低地の谷〉に連れて行きます。そこでダーナは妖精の貴婦人に会い、「夏の国」が危機にあり、それを救うためのルーフ王への伝言を預かります。この使命を果たせば、母親に会える——ダーナは妖精の世界と人間の世界・過去と未来を旅しますが、その道のりは決して楽なものではありませんでした。


少し読んだところで表紙にある原題を見て、「ということはダーナは(以下ネタバレになるので略)……」と思っていたのですが、予想が当たりました。また同じパターンかと思っていたのですが、そこはこれまでのメリングの物語をうまく融合させた感じで、単なるワンパターンではないことに思わず感心してしまいました。プロなのだから、そういう「ひねり」というか「バリエーション」があって当たり前なのですが。やはりワンパターンではないなと思ったのが、これまではどの作品もアイルランドが舞台だったのが、この先広がりが感じられそうなところです。ただ、アイルランドの精霊たちの物語を、どうやって他の地を舞台にするかは気になるところです。『夏の王』との関連もあり、そうすると必然的に『妖精王の月』ともつながってくるでしょうから、これも楽しみです。


クリフ・マクニッシュ著、金原瑞人・松山美保訳『レイチェルと魔導師の誓い』(2002年、理論社)


子どもたちの多くが魔法を操れるようになった地球。一方で、大魔女たちの星ウールの地下深くでは、大魔女たちが作り出した禍々しい生物、グリダが活動を始めました。グリダたちは大魔女を圧倒し、地球の子どもたちの情報を手に入れます。グリダは地球の子どもたちを利用しようと、魔導師だけでなく、ティミやレイチェルも捕らわれてしまいます。自分の不思議な力に悩むエリックは、グリダたちを倒す作戦を考えました。


読み進めるうちにテンションが下がってしまいました。『レイチェルと滅びの呪文』で感じたあの絶望感は、どこに行ってしまったのでしょう。Amazon.co.jpでの読者の評価は高いのですが、私の趣味には合わなかったようです。それと、なんだか「お話」が「キレイ」すぎると思います。こうやって終わられると、「ああ、そうですかー、よかったですねー、がんばってねー、ぱちぱち(拍手)」としか私は言いようがありません。


私がもしも小学生だったら、オトナの目も意識して、読書感想文には「これから○○と△△が世界をよりよい方向に変えるのだと思うと、希望が感じられます」みたいなことを書くかもしれませんが、この年齢になったらそんなこと書く気になれません。何がテンションを下げてしまったかと考えると、「誰かが何とかしてくれる」ところです。1巻では先入観がなかったので「レイチェルは、もしかしてドラグウェナの手下になっちゃうのかなあ」などとハラハラドキドキで読んでいました。それ以降は、確かに先は見えないものの、まあなんとかなるんでしょう、という気持ちがあって、何が起こっても驚かなくなってしまいました。こうやって書いているううちに、"Deus ex machina"という言葉を思い出しました。


アン・ローレンス著、金原瑞人訳『アンブラと4人の王子』(2002年、偕成社)


優れた王が治めるエバーニアの隣国には、老女公の治めるベルガモット公国がありました。同じ年の夏にエバーニア王が、冬にベルガモット女公が亡くなり、エバーニアは4人の王子が分割して統治し、ベルガモットは亡くなった女公の孫娘である、17歳のアンブラが統治することになります。アンブラはエバーニアの王子たちから芸術・学問・政治を学び、よき統治者となるべく努力します。やがて……(以下説明がややこしいので略)。


アンブラ自身の能力もありますが、優れた部下に恵まれていたのも彼女の幸運でしょう。これも才能と言えますけれど……。書かれたのは意外と昔なのですが、主人公であるお姫さま(アンブラ)は、きれいな服を着て深窓の令嬢として暮らすわけではなく、小さいながらも自分の国を統治しなければなりません。そういうところが古さを感じさせず、楽しんで読める理由かもしれないと思いました。エバーニアの4人の王子たちもそれぞれ個性的で魅力的なので、そういう面で楽しむ人もいるのではないでしょうか。


大きな冒険があるわけではありませんが、色々と考えさせられます。作品を読むと、作者の知識の深さが分かりますね。それにしても、「ヴァージナル」や「ヴィオール」、「フラウト・トラヴェルソ」があたりまえのように登場するとは、さすがイギリスです。ただ、「ヴ」表記の問題か、「バージナル」や「バス・ビオール」というように書いてありました。個人的にそれがちょっと残念です。


クリフ・マクニッシュ著、金原瑞人訳『レイチェルと魔法の匂い』(2001年、理論社)


ウール星を支配する女王、そしてドラグウェナの母親でもあるヒーブラは、ドラグウェナの死を知りました。そして、魔導師ラープスケンジャとレイチェルたちを倒す計略を練ります。地球にやって来た恐ろしい魔女たちは、見込みのある子どもを集めて軍隊を組織しました。ラープスケンジャが地球以外でのできごとに取り組んでいる間に、レイチェルたちを襲わせます。


独特の雰囲気に慣れてしまったからか、きちんと身構えて読んだからか、実は恐ろしさがちょっと物足りませんでした。ドラグウェナの残虐さに比べたら、その点でヒーブラのスケールが小さいです! 私がそっち方面を期待しすぎなのかもしれませんけれど。ちょっとでも失敗したら、見せしめに八つ裂きにでもされるのではないかとハラハラしていました。まあ、利用し尽くすだけし尽くそうというのは恐ろしいと言えば言えます。でも、もっとスプラッターなのを想像していただけに、拍子抜けしてしまいました。よく考えたら、そんなことをしたら児童書の範疇を超えてしまいますけれど。


ママもパパも、レイチェルとエリック以外の客人(と言うべきか……)を受け入れ、2人の変化にも対応できているところが、不思議な感じです。以前読んだ新聞のマンガ評みたいなもので、『カードキャプターさくら』の冒頭が、いきなりクロウカード(でしたっけ)を手に入れるための戦いで始まっていることを、「この年代の子どもたちには、『なぜ』という説明がなくても受け入れられる」というように書いていたのを思い出しました。私はそんなに若くないので、前作から時間が経っていても、もうちょっと説明が欲しいです。


今回も結末で、あっと驚く大展開がありました。次に何が起こるのか、楽しみです。ちなみに私が一番気になっているのは、若年寄さんです(と書けば分かる人には分かるかな)。


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